認知症は高齢化が進む日本において大きな社会課題の一つです。
近年はアルツハイマー病の原因とされるアミロイドβに対する新しい治療薬が登場し、認知症医療は大きく進歩しています。しかし、認知症を完全に防ぐ方法はまだ確立されておらず、発症前からの予防やリスク管理の重要性がますます高まっています。
その中で近年注目されているのが、「腸内環境」と「歯周病」です。
一見すると脳とは関係がなさそうに思えますが、最新の研究では腸や口の健康状態が認知機能と深く関わっていることが分かってきました。
今回は、認知症予防の観点から注目される腸内環境と歯周病について解説します。
〇認知症予防は「早期介入」の時代へ
アルツハイマー病では、脳内にアミロイドβという異常タンパク質が蓄積することが知られています。
近年は、このアミロイドβに対する治療法が進歩し、軽度認知障害(MCI)の段階から介入することで認知症の進行を遅らせられる可能性が期待されています。
しかし、薬だけで認知症を予防できるわけではありません。
世界保健機関(WHO)も、
・食事
・運動
・社会活動
・生活習慣病管理
などの「修正可能なリスク因子」を重視しています。
つまり、日々の生活習慣を整えることが認知症予防の重要な柱になっているのです。
〇腸と脳はつながっている
近年、「腸脳相関(ちょうのうそうかん)」という言葉を耳にする機会が増えています。
これは腸と脳が神経、ホルモン、免疫を介して相互に影響し合う仕組みです。
腸内細菌は単に消化を助けるだけではありません。
腸内細菌が作り出す物質は、
・免疫機能
・炎症反応
・神経伝達
・脳機能
にも影響を与えることが分かっています。
最近では、
・アルツハイマー病
・パーキンソン病
・うつ病
・不安障害
などとの関連も研究されています。
特に腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は、腸の健康だけでなく全身の炎症制御や脳機能維持にも関与すると考えられています。
〇歯周病が認知症リスクになる可能性
認知症予防において見落とされがちなのが歯周病です。
歯周病は歯を支える組織に起こる慢性炎症で、日本人の成人の多くが何らかの形で罹患しているといわれています。
歯周病菌や炎症性物質は血流に乗って全身へ広がります。
近年の研究では、こうした炎症が脳にも影響を与え、
・注意力
・記憶力
・視空間認知能力
などの低下に関与する可能性が指摘されています。
また、口腔と腸は一本の消化管でつながっています。
口の中の細菌環境が悪化すると腸内環境にも影響を及ぼす可能性があり、歯周病と腸内環境は無関係ではありません。
さらに、
・喫煙
・糖尿病
・肥満
・不健康な食生活
などは歯周病と認知症の共通リスク因子でもあります。
そのため、歯周病予防は口の健康だけでなく、将来の認知症予防にもつながる可能性があります。
〇抗菌薬と腸内環境の意外な関係
腸内環境を考えるうえで重要なのが抗菌薬(抗生物質)の影響です。
抗菌薬は感染症治療に欠かせない薬ですが、病原菌だけでなく腸内の有益な細菌も減少させてしまうことがあります。
その結果、腸内細菌のバランスが崩れた状態を「ディスバイオシス」と呼びます。
ディスバイオシスが起こると発症しやすくなる代表的な疾患が、クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI)です。
〇CDIは単なる下痢症ではない
CDIは抗菌薬使用後に起こる重症の下痢症として知られています。
高齢者や入院患者で特に問題となり、一度治療しても約20%が再発するとされています。
最近の研究では、この感染症の影響は急性期だけではないことが分かってきました。
CDI後には、
・筋力低下
・フレイル
・ADL低下
・認知機能低下
などが起こりやすくなる可能性があります。
これは腸内細菌の乱れと慢性的な炎症が長期間続くためと考えられています。
つまり、CDIは単なる感染症ではなく、健康寿命そのものを短くする可能性のある病気として認識され始めています。
〇腸内細菌を整える新しい治療法
近年では、病原菌を退治するだけでなく、腸内環境そのものを改善する治療法が注目されています。
・プロバイオティクス
乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌を補う方法です。
日本の診療ガイドラインでも活用が推奨されています。
・便微生物移植(FMT)
健康な人の腸内細菌を患者に移植する治療法です。
海外では再発性CDIに対して高い有効性が報告されており、認知機能改善の可能性も研究されています。
・生菌製剤(LBP)
特定の有益な細菌を製剤化した新しい治療法です。
海外ではすでに承認されている製剤もあり、再発予防や健康寿命延伸への期待が高まっています。
☆まとめ
認知症予防というと脳だけに注目しがちですが、近年の研究では「腸」と「口腔」が脳の健康に大きく関わっていることが分かってきました。
腸内環境の悪化や歯周病による慢性炎症は、認知機能低下のリスクを高める可能性があります。
また、抗菌薬使用後の腸内細菌の乱れによって起こるCDIは、単なる下痢症ではなく、フレイルや認知機能低下につながる可能性も指摘されています。
認知症予防のためには、
・食物繊維を十分に摂る
・腸内環境を整える
・歯周病を予防する
・適切な運動習慣を続ける
といった日々の積み重ねが重要です。
これからの認知症予防は、「脳を守る」だけでなく、「腸と口の健康を守ること」も重要なテーマになっていくのかもしれません。
統括部長 牧野莉央
